南町田ってどんなまち?

かつての南町田

南町田(鶴間)は、周辺エリアと合わせて、南多摩郡南村という小さな村でした。1954年(昭和29年)、同郡町田町と合併。1958年(昭和33年)には、町田、鶴川、忠生、堺の4町村が合併して町田市が誕生します。
現在の南町田駅周辺は、山林と田畑がほとんどを占め、緑いっぱいの里山風景が広がる農村でした。山林からは炭や薪などの燃料を調達し、国策によって杉やヒノキが植えられていました。その名残は、今も鶴間公園の森の中に残されています。炭や薪の需要が減ると既存樹林は田畑に変わり、やがて東名高速道路の開通や東急田園都市線・南町田駅開通に伴って、急速に近代化を遂げていきます。


1955年(昭和30年)東京府南多摩郡地方事務所管轄図

駅とともに栄えたまち

南町田駅が開通したのは1976年(昭和51年)。前年の1975年(昭和50年)に南町田第一土地区画整理組合事業換地処分が行われ、現在のベース(造成)が整いました。宅地開発も進み、郊外住宅地として高度経済成長を支える若いファミリー層が次々と転入しはじめます。また1979年(昭和54年)には既存樹林を活かした都市公園「鶴間公園」が開園しました。


1976年(昭和51年)南町田駅[提供:東急電鉄]

グランベリーモールの開業

さらに、2000年(平成12年)にアメリカ郊外のオープンモール型を採用した大型商業施設「グランベリーモール」、2006年(平成18年)に「シネマコンプレックス/オアシススクエア」がオープン。南町田は住宅地としてだけではなく、商業地としても賑わうようになっていきます。


グランベリーモール[提供:東急電鉄]

現在の南町田

2006年(平成18年)には、ほぼ現在の形になった南町田駅周辺。2016年(平成28年)の南町田駅周辺の人口は約17000人。開業当時の人口は約5300人ですから、この40年で約3倍になっていることがわかります。
渋谷まで田園都市線1本で出ることができ、良好な街並が維持されている。駅前に商業施設や映画館があり、すぐ隣には緑豊かな都市公園もある…。過ごしやすく暮らしやすい南町田エリアは、訪れる人にも住む人にとっても魅力いっぱいのまちに成長してきました。
また、2016年(平成28年)4月には、国道16号町田立体事業の立体部が開通するなど、地域の動脈となる道路の整備が次々に進んできています。整備中の北口広場がオープンすれば、町田駅方面や空港行きなどの路線バスで、多方面へ便利にアクセスできるようになるでしょう。
今回の拠点創出プロジェクトによって、南町田エリアは、さらに魅力的で便利な暮らしを堪能できるまちに、まだまだ成長していける、そんな予感がします。


1941年(昭和16年)

2008年(平成20年)

国土地理院撮影の空中写真【1941年(昭和16年)、2008年(平成20年)撮影】